妻の思惑通り、夫は浮気!

 その日は朝から激しく雨が降っていた。目の回るような忙しい日が続いていたので、少しばかり”心の洗濯”にでも行こうかと、地図を広げている時だった。
 「ここは探偵社ですね」と、初老の婦人が事務所に入って来た。依頼内容は、婦人の夫であるY氏の素行調査だった。


 例のごとく、どうせ女遊びだろう・・・と思いつつ、私は調査を開始した。Y氏を尾行し始めて5日目。彼はやはり女性と会っていた。この女性、A子は25歳前後で、どこか古風な雰囲気を漂わせる美人。中学校の教師だ。案の定、ふたりは彼女のアパートに入り、翌朝6時ごろ部屋から出て来た。もちろん証拠として写真を撮った。よし、今回の仕事はこれで終わりだ。


 それから半年ほど過ぎてその件をほぼ忘れかけていたころ、Y夫人がひょっこり事務所を訪ねてきた。
 「また主人の尾行をお願いしたいんです。」
 調査は1週間程度で終了し、相手は同じA子だった。


 それから3ヶ月して、またしてもY夫人が現われた。
 「主人の尾行を・・・」
 さすがに私も不思議に思った。


3年間で12回も尾行依頼!
 Y夫人は60歳代後半、Y氏は72歳である。Y夫人はいつも笑顔を絶やさず、もの静かな口調で話をする感じの良い女性だ。しかし、同じ人が同じことで短期間に3回も依頼をしてくるとは普通ではない。
 「ご主人と話し合いはされたのですか?」
 「いいえ、私は主人と45年間一緒に暮らしてきました。証拠をつかんで離婚をしたいとか、相手の女性に別れてほしいとか、そんなことを言うために調査してもらっているのではないのです。」
 「ではどうして・・・?」
 私にはどうしても彼女の真意が分からなかった。
 「主人がいていることを知っておきたい、ただそれだけなのです。知っておけば安心できますから。」
 話を聞くうちに、私は何となく納得できるようになっていた。確かに昔の男などは、『今日は"2号”のところへ行ってくるから』など奥さんに告げるようなケースがあったらしい。そうすれば、奥さんは一応安心して家事に専念できるわけだ。それと同じようなことなんだろう。


 Y夫人からはその後、3年間で12回の依頼を受けた。そして12回目の時。Y氏とA子はホテルに入った。これは初めてのことだった。私はホテルの近くからY夫人に電話をした。
 「今からそちらに行きますので待っていてください。」と電話は切れたが、私にはどうにも妙な予感がしてならなかった。


最悪の結果に・・・
 Y夫人が”現場”へ足を運ぶのも、もちろん初めてのことだった。
 「変な気は起こさないでくださよ。」
 私はホテルの前から立ち去るふりをして、遠くから動向を見守っていた。彼女はホテル正面の壁際にじっと立っている。おかしい、いつもと様子が違いすぎる・・・。


 約1時間後、Y氏とA子がホテルから出て来た。Y夫人は無言で2人に近付いた。やばい、と思った瞬間、Y夫人はバッグからナイフを取り出し、A子に向かって行った。ナイフの刃は、A子をかばったY氏のわき腹にグサリと刺さった。私は走って行ってY夫人のナイフを取り上げた。

 Y夫人はアパートで過ごしているのなら何をしているのか分からないが、ホテルでは目的がひとつしかない、と考えたようだ。気持ちにも、ついに限界が訪れたのだろう。
 Y氏はわき腹を押さえながら、「救急車は呼ばないでくれ」と言う。私は夫婦を病院まで連れて行った。その間に、A子は放心状態で歩きながらアパートに帰って行ったらしい。
 

 そして翌々日、新聞を広げてびっくり!A子がガス自殺をしたとの記事が載っていたのだ。後日、A子が依頼人のY夫人宛に手紙を出していた事も分かった。
 「私は本当にYさんを愛していました。奥さま、すみませんでした・・・・」という内容だったとのこと。
 その後、Y氏と話す機会があったのだが、彼は「家内もA子も心から愛していました。」と語った。その口調は真剣そのものだった。
 

 約2ヵ月後、Y氏から夫人が自殺未遂をしたとの連絡が。
 外を見ると、あの日と同じような激しい雨が降っていた・・・。
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