幽霊が出た!

その事件の依頼を受けたのは、ちょうど初夏の日ざしが快い、七夕の日の午後4時20分ごろに女性から掛かってきた一本の電話からだった。
 「RRRR…」 「はい、麻生女性探偵社です」
 「あの……」 しばらく無言が続いた。
 「どうされました?」 
 「あの……、あなたはこれから言う私の話を、最後まで聞いてくれますか?」 
 「もちろんですよ」
 「私は名古屋に住んでいる佐藤(仮称)と言います。……私は気が狂っているわけではありません。でも主人は私を狂っていると言うのです。私は絶対普通の人間ですから」
 「ええ、わかりますよ。あなたは普通です。…それで一体どんな事件なのですか?」

 私は何が話したいのだろうと思いながら、依頼人の次の言葉を待った。
 「あなたは…社長さんですか?」
 「ええ、そうです」 
 「よかった。…じゃあ信じてもらえそうですね。……実は幽霊が出るんです」
 「えっ?」 私は一瞬、声が詰まった。
 「社長さんは……、幽霊を信じますか?」 
 「ええ、もちろんですよ。私はこの世の中にどんな出来事があっても、不思議ではないと思っています」
 すると依頼人は安心した様子になり、話を続けた。彼女は50歳過ぎの中年女性。2人の娘は嫁いで、今はご主人と2人住まいである。中古住宅の1階に住んでおり、その年の3月に越してきたばかりとのこと。
 「どんな幽霊が出るのですか?」
 「娘さんです。夕方から暗くなってくると、窓ガラスに顔が映るんです。そして、悲しそうな目で家の中をのぞくんです」
 私はこの話を聞いた瞬間、背筋が凍ってくるような感覚におそわれた。そして生つばをゴクンと飲みながら、「いつごろから出現するようになったのですか?」「何回くらい見たのですか?」と質問した。

 依頼人の話によると、4月のある日、夜8時ごろ、ご主人の帰宅を待ちながら食卓でテレビを見ていた。すると後ろに何となく視線を感じたので、振り返ってみると誰もいない。しばらくしてやはり何か変だと感じ、再度振り返り、今度は窓ガラスのほうに視線を移すと、若い女性の顔が窓に映り、悲しそうにこちらを向いているのがはっきりと見えた。
「キャー!」 声を上げて顔を手で覆い、しばらくしてからゆっくり目を開けると、もう誰もいなかった。依頼人は最初びっくりしたが、冷静に考えると、自分の見間違いか、テレビに映った女優さんの顔でもガラスに反射したのだろうと思うことにした。しかし、その2週間後に2度目の出来事があった。

周りは誰も取り合ってくれない!

 4月の終わりの土曜日の夜11時ごろ、ご主人は会社の飲み会で遅くなると連絡があり、依頼人は1人で自宅にいた。やはり何か気配がしたので窓のほうを見ると、少女の顔が窓に映っていた。依頼人は恐くて顔が引きつったが、前回よりは冷静に見ることができたという。少女の顔は4,5秒で消えた。
 その夜、遅くに帰宅したご主人にこの出来事を話した。しかし返ってきた言葉は、「夢でも見たんだろう」とか「疲れているんだ」。その後、5月に2回、6月に3回見ることになる。姉や友人などに話したが、誰も本気にしてくれず、悩み思い余った末、麻生女性探偵社に電話をすることにしたようだ。私は一通りの話を聞き、翌日昼に依頼人の自宅で会う約束をして電話を切った。

 その日の夜8時ごろ、佐藤(仮称)と名乗る男性から私あてに電話が入った。
 「佐藤と申しますが、社長さんいるかね?」
 「はい、私ですが」
 「今日、佐藤という女性から電話があっただろう? 明日、家に来るそうだが、来ないでいいからやめてくれ」
 すぐに夕方の女性のご主人だと思ったが、私たち探偵は、依頼者への守秘義務がある。そこであえて、「今、電話をいただいているあなたが、依頼人の主人かどうかもわかりません。ですから、あなたの話は聞けません」と言うと、
 「うちの女房は頭がおかしいんだ。ほっといてくれ!」。
 「それでは、あなたの横に奥様がいるなら代わってください」 依頼人が電話に出る。
 「社長さん、ごめんなさい。主人に探偵さんに依頼したと言ったら、ひどく怒られてしまって…。 ですから明日は来ていただかなくてもいいです。ごめんなさい」
 「わかりました。いいですよ」 電話を切った。

 私としては、すごく興味のある内容だったので、ぜひ事件として依頼を受けたかった。非常に残念である。…あの依頼人は、単なるノイローゼだったのかな…?

 依頼人の夫から2度目の電話が!

 その後しばらくは平穏な日が続き、2ヶ月が過ぎた。そして9月中旬、ある男性からの電話が。
 「佐藤と申しますが、社長さんはいらっしゃいますか?」 
 「はい、私です」 
 「あの……、2ヶ月ほど前に私の女房が、幽霊の相談をしたと思うのですが、覚えていらっしゃいますか?」 
 あのときに依頼を断ってきたご主人である。私の脳裏には、一瞬にして相談内容が鮮明によみがえってきた。
 「ええ、もちろん覚えていますよ。どうされたのですか?」 
 「実は、…私も見たんですよ……」 
 「えっ!」 私は思わず絶句。その瞬間、鳥肌が立った。

【後編に続く】
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